東京地方裁判所 昭和29年(ワ)11760号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実〕本件土地は原告の前主斎藤栄一が被告に賃貸していたが、昭和二七年二月一九日原告が斎藤から譲り受けて所有権を取得し、賃貸人たる地位を承継した。そして原告は、昭和二七年五月三日原被告間に新たに賃貸借契約が締結されたと主張し、被告が昭和二八年一月一日から賃料を払わなくなつたので、昭和二九年一一月二〇日着の書面で同月二五日までに前月分までの延滞賃料を支払うべき旨の催告並びに停止条件附契約解除の意思表示をしたが、期間にその支払がなかつたので、右新たな賃貸借契約は解際された、仮りに新たな賃貸借契約が成立しなかつたとしても、原告の承継した賃貸借が被告の賃料不払によつて解除されたことにかわりがないとして、被告に対し建物収去土地明渡を求めた。これに対し被告は、原告と斎藤との間に本件土地所有権の帰属について争いがあり、原告と斎藤の何れが真正の賃貸人であるか確知できない状態にあり、これが確定しさえすれば何時でも賃料を支払うべく準備しかつ供託していたのであつて、原告はこれを知りながら一方的に遡及して値上した賃料支払の催告をし、これに応じなかつたとして契約解除の意思表示をすることは権利の濫用であると抗争した。
〔判断〕判決は被告主張の点について以下のような事実を認定しかつ権利濫用の判断を示している。
「本件土地については昭和二七年五月八日前所有者斎藤栄一から原告を相手取り東京地方裁判所昭和二十七年(ワ)第三〇九一号土地所有権取得登記抹消請求の訴が提起され、同年六月三〇日東京法務局新宿出張所備付の登記簿に同所受附第七、二八一号を以てその旨予告登記されたこと、原告の催告期間満了当時右訴訟は東京高等裁判所に係属し未確定の状態にあつたことは当事者間に争がなく、又……によれば昭和二八年五月頃、右斎藤は訴外本吉弁護士と被告方を訪ね、本件土地所有権の帰属に関し係争中であるから被告において原告に対し本件賃料を支払うならば右斎藤勝訴の場合同人の請求により二重払いとなるから右判決確定まで支払を停止されたき旨申出があつたこと、更に原告からの前記催告状到達後に被告のなした問合せに対し、右本吉弁護士は、本件裁判は未だ確定せず、斎藤側としては原判決の審理不尽を理由とし更に新たな攻撃防禦方法を提出して争う旨の回答をしたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠は存しない。
このような諸事情の下においては、被告が、原告と訴外斎藤栄一の何れが本件土地の真実の所有者であり、その何れに対して賃料の支払をするのが正当であるかを確知できなかつたとしても、まことに無理のないことといわねばならない。しかして……によれば、被告は原告に対して正当な地主が決定するまで地代の支払を猶予せられ度き旨を申入れると共に、本件契約解除の意思表示のなされた日の数カ月前である昭和二十九年九月三十日昭和二十八年一月一日以降同年十二月末日までの本件土地の賃料を約定の坪数七十三坪五合につき一カ月金六円の割合で、真正の賃貸人を確知できないという理由で供託した事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠は存しない。
以上認定の事実に徴すれば、本件賃料の不払は被告にその支払の意思がなかつたためでなく、一にかかつてその支払をなすべき相手方が不明確であつたことによるものと解せざるを得ない。(原告はこの点について仮に原告と訴外斎藤との間に本件土地の所有権の帰属について争があつたとしても、原告は被告との賃貸借契約上の貸主であるから、賃料支払の相手方について疑を挿む余地はないと主張する。なるほど一般的にいえば土地賃貸借契約の貸主の地位は土地所有権の存否と直接関りのないことは明かであるが、本件土地の賃貸借契約は前段認定のとおり、所有権の移転に伴い当事者合意の上前賃貸借契約を承継したものであるから、もし原告に所有権が移転しなかつたとすれば、右承継の合意は無効で原告が被告に対する関係に於て本件土地の賃貸人ということを得ないこと明白であるから、原告の右主張は失当である。)
上叙認定の事情の下において、賃料を催告しその不払を理由として契約解除の挙に出づることは、民法第一条に照らし正当な権利の行使ということを得ず、原告のなした解除権の行使は権利の濫用という外はない。」